写経場 図書場 纏場 太鼓場 工房 囲炉裏 ㈱ 国書刊行会
--毎月7日 七面山 神通坊 本堂にて神通道場写経場 開催中---図書場 支援
隔月7日 神通道場新聞 発刊中
お問い合せ メール tokai-s@nifty.com 道場主 堀 正孝
〒191-0002 東京都日野市新町1丁目16-29
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〒191-0002 東京都日野市新町1丁目16-29
いよいよ 神通道場 木彫場にて
七面山 北参道 丁石脇に掲げる 妙法蓮華経 如来寿量品第十六(自我偈)訓読の
木彫が始まりました
丁石は大鳥居から影嚮石ある奥之院まで39有ります
自我偈訓読のお経1027文字を39に分けて彫上げます
私に預けられた大鳥居改修古木に 2mm程の深さに彫り漆を流し込み
胡桃油を浸み込ませます
通常は屋内にての仕上げですが あえて御神木 鳥居として風雨に晒されながら
登山者や法華行者を見守って来た この木 朽ちる事覚悟の業 深く彫ります
まずは入口 浄行様のそばに 先代服部智穂上人のお題目を掲げ
現住職 服部智行上人のお題目を彫りあげ お力を戴きます
彫刻としては素人の私が写経1640の力を借りてのスタートです
このお題目を上げながら彫り始めました
まず住職に書いてもらった文字を板に大きさに合わせて貼り付け
輪郭を彫刻刀で切りこみを入れ彫り進めます
やっとの事で1行彫れました
思ったよりも疲れるのでびっくりしています
何年かかるか解からない偉業 2年を目標にしています
出来上がった物から神通道場に掲示していくつもりです
もし 見ていただければ 何よりの励みになると思います
このブログでも披露していきたいと思っています
今 神通道場 本堂の右手に 居候してます
ちょっと説明しますと
私の現在の写経 周りに皆の写経 中上は住職の中山修行
その下は 先代上人の文化勲章 右は広重の七面山之絵図
下には文鎮 手本 下敷きを展示
総恵さんの写経の額大きすぎたので新調して入れ替えました
早川 発電所の現在の様子
東京支部の看板造りました
お上人に見せたら 東京支部の文字
言えば書くのにと 書いてくれました
む・・・造り直すか?
もうちょっと経ったらね まー待ってて下さい
8日私の誕生日 東京支部のみんなから
プレゼントとしてこの提灯寄付していただきました
今年のお会式 講元として これを持って先頭を歩く姿が目に浮かびます
嬉しくて すぐに半被 手配しなさい 言ってしまった
左に七面山の印 右に 文字で七面山北麓と入っている
東京支部のラブちゃん こんなに大きく成りました
可愛いだろう!
今回の定例会の前に日向山の麓にある七面山之奥之院別当様のお寺の
院首様とコンタクトが取れたので甲府南を通って行こうと思ったら
笹子トンネル内火災事故の為大月から通行止め
富士山がこっちを通れとでも言いたげ
日向山のお寺は定林寺
後日詳しくお話します
今回は新聞に日向山を特集したのでご挨拶させていただきました
1:00から神通道場
2名お休み3名にて写経
2名の方から専用紙の注文があり100書を目指したい
との事 嬉しい言葉
神通坊の入口左手の浄行様の頭上に
先代服部智穂上人のお題目を模して板題目(御神木)を掲示し
自我偈訓読分経板彫り菩薩行に入りました
境内では牡丹が赤を主張していました
続く
5月2日 連休真っただ中 早川町の日本上流文化圏研究所が“やる気支援”と言う企画が
在り それに応募する為申請しにお山へ向かった
雨それも大雨 ああ・あ と思ったが 連休中なのに渋滞全くなし
甲府南に着くと雨はやみ 雲が上がり始め鰍沢を過ぎ左手に富士川に沿って進むと
川は右に曲がり 川の向こうに山が見え その頂上に仏舎利が観えた
雨降りには雲の中に在り 観えないはずが 綺麗に見えた
早く着いた事だし 登って見る気に成った
川を渡って進路に従い入って行くと 民家になってしまい不安になり
橋のたもとまで戻ってきてしまって
そこで すれ違う車に訪ねた処
「途中まで行くからついといで」
民家の外れまで先導して貰い
「後は1本道だから」
お礼を言って先を進んだ
対向車に不安を持ちながら
頂上に着いた そこは広い駐車場
日向山の仏舎利があった
今まで行ったお寺と全く違う雰囲気を感じた
正面に見える仏舎利の中央金色に光るお釈迦様だけで4mだそうだ
このお寺は 日蓮上人のお弟子さん日持上人の開かれたお堂だそうだ
戦争中維持できなくなりお堂は取り壊され日蓮さまの御像や神様の木像は
山裾の定林寺に下げ祀られていた
この定林寺は 七面山奥之院 別当を務めている功刀貞行上人が住職をしている
お寺です
この仏舎利も日持上人が日本で初めて海外布教行った事から世界平和を願い
日蓮上人のおしえ「いろいろな宗派を超えてお釈迦さまにかえれ」に従い
この1000坪を超える日向山にネパールのお釈迦様の誕生の地1番古いお寺から拝載し
建立したそうです
だから 異なる雰囲気を感じたのです
生涯安泰であろう人生が在ったのに
全てを捨て単身で東北方面へ布教の旅に出られている
あちらこちらに逸話が残っており
ほっけと言う魚を御存じだろうか 法華 日持上人を表わす様だ
函館に椴法華(とどほっけ)と言う地名が在り、以前は唐渡法華と称しここから
大陸へ渡ったと考えられている 「法華が唐に渡る」
その後 遣唐使が経典を持ち込んだ元 五台山を目指したと思われるが
中国 宣化の立化寺で志をとどめている
実は私は神通坊の先代上人に大きな疑問を持っていた
それは七面山を実際に登られ開山したのは六老僧の1人日朗上人なのに
写経を初めて300書の時中国へ連れて行ってくれた
それは日持上人顕彰会であった
インドにお寺を建て 中国の立化寺に日持上人顕彰碑を建てたり偉業を成し遂げている
何故 と思っていた
この日向山 仏舎利 日持上人の痕跡を見て
お上人が七面阿闍梨であった事が理解出来た
神通道場は館が無い
神通坊の本堂を借りている
プレハブ(6畳)のお話が出たので早川町の助成金で移設費用をと考え
申請に行って来た
天気は曇り富士山には会えないだろうと甲府路を通った
有名な桃の花のピンクの絨毯が見れないかと思い一の宮インターで降りた
一週間遅かった様だ
桜よりも色が濃く花が密集している為桃畑が一面に広がる
甲府盆地はピンクの絨毯と化すらしい
下を見るとたんぽぽが見事だった
通りを見ると花桃の並木道も見事
此処は笛吹市
友人のお寺が在るので寄って見た
妙昌寺と言って私之参加している日持上人顕彰会の事務局をやっている
中国の砂漠のオアシスで(森の木立の中)横笛を奏ででくれた粋なお上人
残念ながら不在でした
庭が余り美しかったので
この続きはまた明日
平成16年12月に大鳥居改修が行われた
その古木が神通坊 先代住職 日行上人によって保存され
22年8月に私に託された
木札等 試行して来た
先日 私の彫った木彫を見せ1つの提案をして来た
それは この古木を 七面山のお山に戻そうと言う物で
日行上人の教えの基始められた自我偈訓読の写経
1丁目から奥之院まで丁石に添えて掲げよう
と言う物です
この木彫はお上人に書を書いて貰う為に
形を表わそうと直に字を書き機械で仕上げました
しかし思惑とは違って
だんだん良くなって行けば良いから堀さんが書きなさい
との事 さー大変です
とんでもない事を提案してしまった自分に気が付きました
まず自我偈のお経を分けて見ました
30ぐらいに分かれると思っていたら39
ぴったり奥之院が40丁目
びっくり
小さな字は毎日書いていますが大きな人に見せる字は自信が有りません
1字1字丁寧にがここでしっかり出てきました
39枚仕上げるのには何年かかるのだろう
私の命続くのだろうか
自らの身命を惜しまず(お経の中に有る1句)
ですか?
早速仕上げの方法を探る為に神通道場東京支部の版を彫り始めました
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